サーチの理論から見たEC

 ECは、ビジネスモデルから見て取れるように、従来の物理空間における工業を主体としたビジネスとは様相が異なっている。工業ビジネスの世界では、利益を生み出す仕組みは基本的に自社の製造した製品やサービスを売るということに依存していた。そのため、企業は長期的な存続を図るために、従来から利益を上げることは必須の課題であったが、そのための仕組みをあえてビジネスモデルとはよばなかったのである。
 しかし、ECの世界では、インターネットなど情報ネットワークが生み出す多様な価値から利益を得ることが可能である。製品やサービスなどのコンテンツを売るECも単に企業が製造した製品を売るというのではなく、受注生産、購買代理、個別サービスなどの付加価値をつけて顧客の問題解決を図るソリューション型の商品として売ることができる。また、市場に情報があふれてくると顧客はすべての情報を処理できなくなるために情報仲介が新たなビジネスとして成立する。
 ネット上のコミュニティに参加する顧客のアイデアを組織化することで、企業の商品企画・開発などマーケティングを代行するビジネスも可能になる。
 このように、情報ネットワーク上でのビジネスは、価値を生み出す方法が単一ではなくなるため、価値を増大し利益を上げるビジネスモデルの重要性が認識されるようになったのである。
 しかし、インターネットを用いたビジネスは参入障壁が非常に低く、顧客はクリック1つで他社サイトへ移動するというように顧客基盤が不安定であることから、新たなサービスを展開するスピードを重視して集客力を高めなければ競争には勝てない。

 「情報のスピード化」は「後発者の利益」の存在可能性を大きくする。すなわち、情報化以前の経済においてはすでにブランド・評判の確立された先発者は、工場の設備、技術、製品のラインアップなどのストックの面で優位に立ち、後発者の追撃を許さない場合が一般的であった。なぜなら、後発企業の動態を把握して挑戦の機会を与えない範囲での努力から、先発者の地位は十分安定的に確保できたからである。
 しかしながら、情報量の爆発による情報の非対称性の深化は、後発者を監視する先発者の能力を大きく低下させる一方、情報収集コストの低下から後発者は先発者の弱点などを容易に把握できるようになる。その結果、後発者利益の存在の可能性が大きくなり、世代交代とともに業界先頭の企業の順位が短期間で変わってしまう可能性が出てくる。



 時間の稀少性に直面している消費者 の情報収集と意思決定について、経済学のサーチ理論 を用いて考える。
G.J.スティグラー(Stigler, George Joseph,)著 南部鶴彦 辰巳憲一訳『価格の理論』第4版 有斐閣 1991.3
 サーチの理論はStiglerから始まり、発展したものである。これにより、情報収集にコストがかかる場合には品質に差のない商品において価格のバラツキが存続しうることが明らかになったのだ。具体的には次のように考えられる。

 商品の存在やその品質や価格といった情報をサーチする消費者にとって最も大きなコストは、サーチに費やす稀少な時間であると考えられる。
 情報のサーチにコストがかかる場合、サーチは通常途中で打ち切られる。従って、消費者は「全ての取り得る選択肢を比較考量した上での最適化」を行うことはできず、何らかの簡易的意思決定ルール(ヒューリスティックス)に基づく意思決定を行うことになる。そのため、情報の非対称性が解消されることはなく、品質や付帯サービスが全く同じ商品における価格のバラツキ(Price Dispersion)を存続させる一つの理由になる。
 これは、消費者は商品への関与(こだわり)によって情報収集や意思決定の方法を変えていることから考えることができる。高関与な財については、できるだけ多くの情報を収集した上での多面的な評価基準による慎重な意思決定が行われ、低関与な財については情報収集を余り行わないで、簡単な意思決定が行われるのだ。消費者の情報収集に当たってはインターネットを中心とするITが役立つが、収集した情報の比較や検討、さらにそれを既存の知識と結びつけ意思決定に役立てるようにする情報生産活動には、過去の経験や確立した評価基準などの自身の蓄積が重要な役割を果たす。
 しかし、情報サーチが途中で打ち切られ、サーチで得た情報の再生産活動にも時間を必要とし、情報再生産活動における蓄積の重要性をも考慮すると、インターネットの普及だけでは情報の非対称性の緩和や取引費用の軽減は限定的にしか生じない。
 企業の情報提供のあり方として、低関与な財・サービスの提供では、いたずらに詳細な情報を提供することは無駄になる。従って、情報をできるだけ殺ぎ落として提供する一方、消費者の関心をひくことが重要となる。
 高関与な財・サービスについての情報提供においては、幅広く細かな情報をまとめて提供する一方、意思決定時に経験が重視されることを考慮し、インターネット情報だけでなく、実際に見たり聞いたりできるリアルな情報を合わせて提供することが重要となる。

 ITの発達が情報の非対称性の緩和と取引コストの軽減をもたらし、理想市場に一層近づく、という姿はそれほど単純には実現しないと思われる。
 IT革命によって膨大な情報量が生産され利用可能となったが、(情報の受け手が個人である場合は特に )時間の稀少性がネックとなって必ずしも膨大な情報を十分に利用していないのではないか。さらに質のよい情報を購入することにおいても、情報を理解し役立てるためには時間の投入が不可欠であるため、取引コストの軽減は限定的である。
 そのため、消費者のためのポータルの整備など使い勝手を改善し、消費者に役立つ情報ができるだけ簡単に手に入るようにする等、消費者がサーチは打ちきることを前提とした情報の提供に努めていくことが重要になる。



 もし消費者情報の充分な蓄積を背景に消費者のエージェントの役割を果たす情報仲介組織が存在すれば、時間の稀少性というサーチコストを逓減させ、情報の非対称性を緩和し、取引コストを大きく抑えることに役立つだろう。しかし、ECは、参加・離脱の容易性、低コスト、商品と代金の交換に空間的・時間的な距離がある、アイデンティティの可変性、などという特性を持つから売り手・買い手の双方に、貢献することなく、サービスや財を受け取りたいという、非協調行動への誘引が働くことがあり非常に難しい。


 これを、解決しうるのは、プラットフォーム層を基盤に商取引の場を提供するプラットフォーム・ビジネスである。次項では、プラットフォームとプラットフォーム・ビジネスの既存の研究をレビューしていく。