チェーン指向とは

手島歩三 根来龍之 杉野周編 『ERPとビジネス改革 : 統合業務パッケージ活用の誤解と指針』日科技連出版社 1998.4

 ここでは、チェーン指向とは具体的にどのようなものなのかをより詳細に検討してみよう。



 チェーン指向はサプライチェーンをどのようにつないでいくのか、企業連携への指向、SCM(サプライチェーン・マネジメント)と言い換えることもできます。SCMとは「チェーン上のプレイヤーが、企業や組織の壁を越えて情報を共有することによりそれぞれのところで発生していた無駄を排除し、ビジネスプロセスを効率化したうえでコストを最小限に抑えながらもビジネス・スピードを飛躍的に向上させ、顧客満足度を追求していく経営手法」 のことを言います。つまり、消費者に対して「必要なときに、必要なときに、必要な量を安価に」届けるためには、資材の調達から消費者の手元に商品が届くまでのサプライチェーン全体があたかも1つの組織であるかのような全体最適化を実現する、ビジネスプロセスの効率化のことです。



 Bressand[1990] は、知識社会においては、ますます、企業連携が重要な意味を持ってくると主張する。その背景には、知識が経済活動の中で重要度が高まってきていることがある。それまでの生産物中心の経済から知識中心の経済へ転換するとき、生産物と知識では、富の形成原理が全く異なっている。知識が富を形成する原理を注意深く吟味し、その理解を基本に、新たな経済の枠組みを考察する必要がある。生産物と知識の違いは、生産物は、人(主体)と容易に分離できるという意味で、モノとして扱われるが、知識は、簡単に主体と分離することができないところにある。つまり、知ることは頭の中の状態が変化することであり、知識を売ったとしても、頭の中から消え去ることはない。すなわち、「知識は共有しかできない」とブレッサンはいう。そうなるとモノの売買のように所有権が移転する経済活動ではなく、人と人とが知識を通じてつながりを持つこと、すなわち「関係性」が、富の形成に重要な役割を果たす。これが、知識経済がモノ経済と大きく違うところとなる。経済活動において、関係性が重視されるということは、企業が経済活動の中心的役割を果たしている社会では、とりもなおさず企業連携、もしくは、企業ネットワークが重要だということになる。


 
 根来は知識社会におけるSCMのあり方として、トータル・サプライプロセスにおける各主体の取引先への対応を提案している。
 
 まず、トータルサプライ観とは、各サプライ主体が最終消費者のニーズ」を認識し、それをふまえて対話すべきという考え方であり、それまでの直接ユーザーへの貢献を最も重要視する二者間取引観の考え方とは違う。
 これは、川上に行くほど最終市場の需要変動の影響が大きくなる現象である、フォレスター効果を前提に考えられたものであり、サプライチェーン上の企業があたかも1つの企業のように、連携し全体最適を実現し最終消費者に製品やサービスを届けるものである。
 トータルサプライ観によるアプローチとしては、企業は、参加するサプライプロセス全体の競争力向上を図ることによって自社の発展させること。また、トータル・サプライプロセス中において、取引関係にある主体間の関係を示す次の2つのモデルを想定している。
1)企業間の付加価値連鎖をめぐる満足・貢献・要求の関係にあること。
2)各企業は、原料採取から製品消費に至る「製品に付加価値をつける全課程」(トータル・サプライプロセス)の一部に参加する



 また、トータル・サプライプロセス中において、取引関係にある主体間の関係を示す2つのモデルが存在する。
①製品を作る主体者は、供給先の活動目的を考慮してサプライ主体が自分の活動を決める事。
これには次の2つの前提が存在する。
 ○企業が製品をつくる活動(主体活動)は、「顧客の製品を作る活動」に貢献する「顧客貢献目的」と直接的に顧客貢献を目指さないそのほかの目的である「主体満足目的」とを調停しながら主体活動を行う。
 ○顧客貢献目的は、サプライ主体が自分なりに顧客が主体活動を行う際の顧客の顧客貢献目的と主体目的を解釈することによって設定される。
②製品を購入する主体者は、供給者に自分の主体活動に対して考慮を求める
これにも2つの前提がある。
 ○主体者は、自らの主体満足目的を満たすための要求と、顧客満足目的を満たすための要求に応えることを、同時に供給者に伝えようとする
 ○供給者の製品を作る活動(供給活動)は、主体者の要求と自らの主体満足目的の調停として成り立つ



 まとめると、トータルサプライ観において、各サプライ主体が最終消費者の利用目的(主体満足目的)を直接解釈し、それぞれの顧客貢献目的の設定に反映させる。そのため、顧客の主体満足目的は最終消費者の主体満足目的という絶対基準を土台にした、2次的に尊重すべき対象として重要と考えるのである。最終消費者のニーズに対する認識の共有化を前提とした説得や適応、認識の異なる顧客からの関係離脱や、対話による市場認識の調整の必要となり、それがプラットフォーム・ビジネスの役割なのである。